2011年9月20日火曜日

頑張れヒマワリ


またしても台風が接近中である。

影響の強い名古屋方面の映像などをみていると台風の恐ろしさを改めて感じる。

この台風といい、地震といい、自然の力の前では我々はなすすべがない。

さて、この前とある都内の学校の前を通ったらば柱のまわりにプランターが置いてあって、さらに柱にはなにやら張り紙がしてあった。

『ひまわりプロジェクトに賛同します』
『被災地へ送るひまわりの苗を育てています』


そういえば、ひまわりプロジェクトって聞いたことがある。

原子力発電所の事故によって汚染された土壌を植物の力で除染する・・・というようなプロジェクトだったような気がする。

羽田空港の航空会社職員がひまわりの苗を育てて自社飛行機で被災地へ送ったというニュースを昼ごはんを食べながら見たっけ。

皆が被災地に思いを馳せ出来ることで協力をしようというのは素晴らしいことだ。

しかし、このプロジェクトに水をさすような新聞記事があった。

9月15日(木)産経新聞
『ヒマワリ低い除染効果』 という一面の大見出しだった。

記事によれば、農水省などが放射性セシウムの除染効果は小さいとする実験結果をまとめ、ヒマワリの種を被災地に送る運動が全国で広がるなどいちるの望みを託していた被災地の農家やNPOでは「信じられない」とショックを隠せない・・・・・
結果は残念だが、それはそれとして受け止めるしかあるまい。

でもヒマワリを送ったり、植えたりすることが全く無駄だったのかといえば否だろう。

被災地に足を運んだこともないくせにこんなことを申し上げるのも恐縮だが、地震、津波などで家屋が流され、もとの姿を留めないくらいにダメージを負った場所は荒涼とした寂しい風景であったことだろう。
そこに沢山のひまわりが咲いたとしたらばどうだろう?

この際、ひまわりでなくても良い。
一面の花畑だったらば、人々の心にどのような影響があるだろうか?

もちろんズッと花畑にするとか、土地の用途について言っているのでなくて、花が人の心にどのような影響を与えるかということだ。

それは贈られるほうだけではなくて、贈るほうの心にも大きな影響があるに違いない。

母の日に、あるいは彼女の誕生日に・・・花を贈ることで、贈るほうも贈られるほうも不思議とシアワセな気分になるものではないだろうか。

除染という、花の機能に過大な期待をしてもうまくいかないこともあるだろう。
でも、人々の心を満たすという花の本質には大いに期待をしても良いのではないだろうか。



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