2021年10月5日火曜日

狂い咲き アナベル



 

キンモクセイが二度咲きしているよ、という先日の話。

結構、主張の強いセカンド・ラウンドだ。

ほのかにひっそりと匂うというよりもキンモクセイ臭がプンプンだもの。

30度近い気温ともあいまってタイムマシンで9月上旬に戻った感じがする。

さて、自分が面倒を見ている花壇に目をやると、なんとアジサイのアナベルも花芽をつけて今シーズン2回目の花を咲かせているのに気付いた。

アナベルは二度咲きをする習性はそもそもそんなにないはずなので、これは二度咲きというよりも狂い咲きなんだと思う。

9月は残暑が厳しいかと思いきや涼しかったし、10月になったかと思えば真夏日だとか言ってるし、人間だって調子が狂ってしまいそうだ。

いわんや植物をや。

でも空は高いし、日は短くなってきてるし、確実に季節は進んでいる。

2021年10月3日日曜日

二度咲きキンモクセイ


 10月。

秋晴れ。

緊急事態宣言解除。

ディスタンスをとりながら、カラッとした気持ちの良い日曜日自転車で出かけた。

爽やかな風が吹き、でも照り付ける太陽で汗をかき、ペダルを踏む心地良い疲労感。

最高だね。

そんな中、甘い香りが漂っていた。

そう、それはキンモクセイ。

今年のキンモクセイは早いね、と書いたけど、それから暫くたってからのニオイ。

キンモクセイはちょいちょい二度咲きするのだ。

一回目と二回目の間隔が詰まっていることが多いので、ちょっと長く咲いているように思うかもしれないけど、それは気づかない間に2回咲いているらしいのだ。

今回は一回目と二回目の間隔があいたので、「あれっ?また?」と思ったのだろう。

いいじゃないか、一粒で二度美味しいってことで。

それにしても10月に入って世の中の秋は加速しているように感じたよ、今日は。

2021年9月23日木曜日

ヒガンバナ


 

ヒガンバナ。

またの名を曼殊沙華。

これも秋の花。

実はこの写真は10日ほど前に散歩していたら土手に咲いていたので「オッ、ちょっと早いヒガンバナ見っけ」と撮ったもの。

さっさとブログを書けばいいものをズルズルといたら、別に咲いていても珍しくないばかりか、もう終盤という時期になってしまった。

先日ラジオを聴きながら仕事をしていたら、

「ヒガンバナの根(球根)には毒があって、田んぼのまわりなどに植えることでモグラなどの害獣から作物を守るために植えたことで増えていった・・・」

というようなことが聴こえてきて、へーっとなった。

そうなんだぁ、それは知らなかった。

確かに球根に毒性があることは知っていたけど、そんな利用のされ方をしていたのか。

約1ヶ月ほどまえの新聞では、ヒガンバナの名所埼玉県の巾着田では観光客がヒガンバナを見るために押し寄せるのを抑制するために、なんとヒガンバナが咲く前にすべて刈り取ってしまったというような記事を読んだ。

なんとも過激で極端な方策のように思えるけど、今のご時世では仕方ないのかな。

一方でひたち海浜公園ではコキアが見ごろらしく結構な人が訪れていると聞くし。

近所を散歩しながら身近な四季にふれるのが誰からも揶揄されず無難なのかなぁ。



2021年9月14日火曜日

今年のキンモクセイは異常


夕方、家に向かって歩いていた時。

ある角を曲がったところで、甘い香りが漂ってきた。

それがキンモクセイと分かるまで、ちょっと時間がかかった。

なぜならそれはちょうど一週間くらい前、9月7日のことでキンモクセイが咲くにはあまりにも時期が早かったから。

えっ、もう??

季節的な時期と、キンモクセイの香りが漂う時期が自分のなかですぐに繋がらなかったのだ。

キンモクセイはこのブログでも何回か取り上げていて、それによれば開花時期は9月後半~10月上旬といったところだろうか。

9月上旬にキンモクセイの話題を扱ったことはなかった。

まさに異常気象の賜物。

賜物ってほど有難いことではないけど。

桜の開花もそうだけど、我々の伝統的な生活習慣にちゃんと寄り添って欲しいものだ。

こうやって咲かない時期に咲いたり、咲かない場所で咲いたり、という異常が正常になっていく時代がくるのだろうか。

各地で聞かれる豪雨、旱魃、山火事、洪水などの話題を耳にすると「キンモクセイが咲き始めたね」なんて呑気なことを言っていられれなくかもしれない。

そんな危機感を感じるキンモクセイの香りの話でありました。

2021年8月13日金曜日

水琴窟


 

当、花咲ブログ初の試み。

動画をアップしてみようと思う。

果たしてうまくいくだろうか。

画像を基本としていたけど、動画でなければ伝わらないこともある。

先日、都内某所にて「水琴窟」を見た。

水琴窟とは手水鉢のすぐ下に鉢を隠し置いて、上からしたた水滴が反響して独特の音を発するという日本ならではの伝統手法なのであります。

その独特の音は聞いてみないと分からないし、文章や画像ではうまく伝わらない。

是非この動画を音声をオンにして視聴していただければと思う。

この繊細な感じ、清涼感、神秘的な感じなどなんともいえないものがある。

2021年7月25日日曜日

ギンリョウソウ





今年、植物に関して一番の出来事は「ギンリョウソウを見た」ということだろうなぁ、今のところ。

ご存じの方、そしてすでに見て知っているという方もいるとは思うけど、ギンリョウソウは森などのキノコと共生しているいわゆる「腐生植物」なんであります。

自分では光合成しないので、葉緑体をもたないのでこんな白い色をしている。

森の木陰で白く頭(こうべ)を垂れているようすからユウレイタケという別名もある・・・などとは本や図鑑などで知ってはいたけど、お恥ずかしながら本物を直にこの目で見るのは生まれて初めてだったので、とても興奮した。

さらに、誰かに「あそこに咲いているよ」と教えてもらったわけではなく、たまたま林を歩いていたら「発見」してしまったものだからことさら興奮した。

そのときは誰もいなかったので、誰かとその興奮を分かち合うこともできず。

後でその場所を良く知る人に「ギンリョウソウを見たんですよ、あそこで」とちょっと自慢げに話したら、すでにご存知とのこと。

なんだ知らなかったのは僕だけだったのか。

でも良いんだ、そんなことは。

生で本物を見ることの大切さをすごく感じたし、自分でそれに気づけたことにも満足。

 

2021年7月21日水曜日

1年経過・・・・



最近花咲ブログ書いていないなぁと思ったら、なんと一年経ってしまった!

なんとものんきな事を言っている場合ではない。

こんなに長期間ブログをアップしなかったことはなかった。

言い訳はいろいろあるけど、やはりなんといってもこのコロナ禍でペースが乱れたというか、価値観も少々変わった気がする。

僕が主な生業としていた講演活動やイベントの仕事はあらかた吹っ飛んでしまった。

zoomなどをつかったオンラインでの講演なども幾つか試してみたけど、あまりしっくりこなくてお断りしてしまった。

今の時代の流れに沿えばオンラインは当たり前になりつつあるけど、誰もいない部屋から一人パソコンに向かって90分喋ったりするのは、とても虚しいこと。

新生活様式というけど、僕自身の価値観を見直さざるをえない状況になった。

あれこれ考え、いろいろ試行錯誤して、今思うのは園芸一本で仕事をすることにこだわらなくていいのかなということ。

そのときの状況に応じてフレキシブルに自分ができること、自分が求められることを、先入観を取り払って取り組む生き方もアリなのかと最近思うようになった。

コロナのこと、オリンピックのことなど社会を取り巻く状況にも思うこともたくさんあるし、もちろん植物や園芸のこともたくさん気になっている。

このブログは「園芸縛り」で当初始めたけど、こういう状況も踏まえて普段思っていることなんかも気軽に発信できればいいのかなと思うだけど、どうかしら。

炎上しなければいいけど。

とにかく元気でいます。
皆様もどうぞお元気で。

花咲ブログ、そろそろ再開します。


 

2020年7月23日木曜日

悠久の桑

2017年6月

2020年7月

群馬県渋川市。

仕事があってときどき訪れるのだけど、以前ここに立派な桑の木があったことを覚えていた。

ところがつい先日たまたまその前を通ったら景色が変わっていたのだった。

以前は家具販売センター的な建物の前に柵で囲まれてその桑はあった。

今は、ご覧のとおり青空が背景になって、随分スッキリしてしている。

建物が取り壊されたのだが、この桑は樹齢約400年という群馬県指定天然記念物ゆえおいそれと伐るわけにもいかないのだろう。

更地の前にぽつねんと佇んでいた。

まぁ辛うじて桑は残されたといった感じで、見た目にはあまり状態は良さそうではなかった。

上の写真は3年前に撮ったものだけど、下の現在の様子と比べると明らかに樹勢は弱り、サイズも小さくなっている。

桑の根本は二股になっていて、特に向かって左半分の樹勢の衰えが著しい。

樹齢約400年ということは関が原の戦いの頃からここにあるんでしょ。

それはスゴイこと。

是非大切にしなければならないと思うけど、この僅か3年でここまで弱るのは本当にマズイと思うなぁ。

この桑は現在の我々を見てどう思っているのだろう?

関が原の頃、まさかその400年後にコロナなんてものが流行って人間があたふたしていることもお見通しだったのかなぁ。

2020年7月17日金曜日

花壇 夏の陣


キンギョソウがあった花壇が次に向けてキレイになっていた。

で、今度は何が植えられるのか・・・

という話をした直後に花壇に花が植えられていた。

このブログを読んでいるのか?というくらいのタイミング。

植えられていたのはマリーゴールド。

正直なところ、想定内すぎて面白みに欠けるけど、「一年草」で「ある程度低予算」となると必然的に選択肢は限られる。

仮に自分がこの植栽案を一年草、低予算といった条件で考えると、やはり似たり寄ったりになってしまうだろう。

まぁご覧のとおり幅の狭い植栽地を花で飾ること、交通量の多い道路の横断を抑止しようという目的であればこれは目的達成しているといえる。

別にため息の出るような庭園を造ろうってんじゃないんだから。

あとは水遣りなどの管理を継続してほしいものだ。

ネグレクトされた花壇ほど悲しいものはない。

マリーゴールドは花がら摘みが管理のキモでもあるのでそのあたり一抹の不安がよぎるなぁ。

2020年7月15日水曜日

一年草花壇

4月上旬

7月上旬
この花壇にキンギョソウが植えられたのは4月上旬だった。

そしておよそ3ヶ月後、花壇のキンギョソウはご覧のとおりキレイスッキリなくなった。

新たに別の花を植える準備だ。

これを見て思ったのは、「金」と「手間」が大変だなぁということ。

この花壇は一年草を使って年に数回植え替えているようだ。

この「数回」といった場合は、もちろん回数が少ないほうが負担が少ない。

1年ずっといける、なんていう魔法の植物(一年草)はないので、自ずと植え替えることになる。

春・夏と秋・冬で分けるのが一般的かと思うけど、4月に植えたものを7月に植え替えるのでは年4回の植替えペースということになる。

そこで思うのは、植物の選定の問題。

キンギョソウも悪くはないけど、花の咲く期間はそんなに長くないというのが僕の勝手な印象。

春先から咲き始め、盛夏も元気に乗り切るものを植えれば年2回ペースにはなる。

植替え頻度が上がればそれだけ、我々の目を楽しませることにはなるので一概に悪いとは言わないけど。

この花壇は植え付けの段階からギュウギュウに密接させて植えているので、もともと短期決戦型だ。

さぁ次に何が植えられるのか、興味があるなぁ。


2020年7月7日火曜日

YouTube 開設のお知らせ


このたび YouTube で散歩と植物をテーマに動画を配信することにしました。

自粛期間にも気分転換のため散歩に出掛けた人も多いことでしょう。
散歩は「3密」にはなりませんし、マイペースで好きな時間に行うことができます。

散歩のときに少し植物に目を向けてあげることができれば、散歩がより楽しくなるのではないでしょうか。
山や植物園にわざわざ出掛けなくても、身近なところに植物はたくさんあります。
そんな植物のことをちょっと理解するだけで散歩もグンと豊かなものになるでしょうし、季節にも敏感になれると思います。
身近な自然の営みに感動できる感性がもてることは素晴らしいことです。

あまり難しいことは抜きにしてシンプルに身近な植物と仲良くなるためのヒントを発信したいと考えています。
それで親子や夫婦の会話が増え共通の話題が持てればなによりです。

これまで大人向け、子供向けなどの植物観察イベントを行ってきましたがそれを動画で再現するようなイメージ。
まさにこの花咲ブログを動画でお届けするということです。
私が実際に散歩に出掛けて気が付いた植物について気の向くままお話します。

しかしながら動画配信初心者ゆえ、あまり凝った編集もできないので基本的にはその場一発勝負。
往来の人目が気になって小声になったり、車や風の音に遮られたりするのもご愛嬌とご容赦ください。
少しづつ練度を上げていければ良いなと思いますが、まずは拙くても発信することが重要と考えました。

外出がままならない期間に園芸を始めた人も増えたと聞きます。
そこで散歩以外にも園芸の基本的なテクニックなどもご紹介しようと思います。

動画のサムネイルで赤色が「植物+散歩」、青色が「やさしい園芸講座」としてあります。
一編が1~3分程度ですので、ちょっとした隙間時間に楽しんでいただけると思います。

視聴された感想やアドバイスなどもいただければとても有難いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

花咲ジジイ


 https://www.youtube.com/channel/UC3iRKx674RVi06SSPrUtJog

YouTube内で「花咲園芸総研」と検索すると動画にいきつけるはずです。
チャンネル登録もしていただけるといつでもどこでも見つけやすいと思います。
よろしくお願いします。

2020年7月6日月曜日

ド根性 ③



都会で見かけるド根性な木々たちは、どうも昭和な香りがする。

今日の写真を見ていただければ、いつの写真?と訝しくもなるでしょう。

間違いなく令和なんですが、建物の感じといい、「麻雀」なんて書いてあるのをみると昭和にタイムスリップしたような感覚になる。

建物の前には緑が茂っている。

これは正確にはなんだか分からなかったけど、柑橘系のなにかであることは間違いない。

これも勝手な想像だけど、店主がハッサクとかカボスなんかを食して残った種を何気なく店の前の植木鉢に植えて気付いたらこんなになっちゃったという感じではなかろうか?

ね、ちょっと歩いただけでこんなに出会えるでしょ。

毎日一個ド根性植物について書けるような気がするけど、キリがないので一旦筆を置こう。

でも街を歩けば必ず「何でこんなところにこんなものが?!」というド根性植物に出会えてしまうので、また機会があればご紹介したいと思います。



2020年7月4日土曜日

ド根性 ②


これもスゴイよ。

こんどはビルの3階まで届こうというデカさ。

なんとこれもビワだった。

なんでビワなんだろう?

つらつら考えるに、ビワの実をカラスなどの大きな鳥が啄ばんで拡散しているのではないかと思う。

スズメのサイズではビワの実は大きすぎるし。

あるいはビワを食べた人間が嬉々として種を発芽させて軽い気持ちで軒先に植えているのかもしれない。

ほら、アボガドの種を発芽させる人、よくいるでしょ。

それはそれとして、このビワは大きかったなぁ。

いったい株元はどうなっているのか覗き込んだけど他の植木鉢やらなんやらが敷き詰めてあってよく分からなかったけど、いずれにしても昨日同様狭い場所に植えられていると思われる。

「よく倒れないなぁ」と関心もするし「こんなに大きく野放図に育って、せめて剪定しようとは思わないのかしら」とも思う。

ここに根付いた経緯や、今後の方針など聞いてみたいなぁ。

2020年7月3日金曜日

ド根性 ①



一般的に申し上げて都会には土地が少ない。

都内を散歩していると様々な珍風景に出会う。

人によってはどこが珍なのかピンとこないと思うけど、僕にとってはとっても珍なのであります。

まず植物が育つためには根を張らねばならない。

根が植物の身体を支え、必要な養分や水分を吸い上げる。

さらには呼吸だってしているのだ。

一般的には植物の身体の大きさに見合った根を張る必要がある。

それは容易に想像できるでしょ。

ところが都内を散策しているとこの当たり前の常識を根底から覆す光景に出会うのだ。

例えばこの大きなビワ。

オレンジの実もすでになっているでしょ。

建物の2回の窓を完全に覆っているので高さは4メートルくらいあるかな。

このビワが植わっているのがなんとも狭い植え枡。

幅こそ1.5メートルくらいあるけど、奥行き50センチくらい、深さ(高さ)だって50センチあるかないか。

よくまぁこんなところでこんなに大きく育ったものだ。

まぁ植物とて座して死を待つようなことはなくて、彼らも生きようと必死なのだ。

自分が死んでも子孫は残そうというのは自然の摂理か。

だから実をたくさんつけているのかな?

このテーマで真剣にカメラを持って都内を歩けば1冊の写真集ができると思うが、そこまでやる気もない。

ふと気楽に出掛けた散歩で見かけたド根性植物をちょっとだけご紹介しようと思う。

2020年7月2日木曜日

常緑のカエデ

ちゃんと翼果がなっている

照りがあって硬めの葉

この幹肌を見ればカエデと納得

カエデは誰でも知っていると思う。

秋には紅葉する落葉樹として広く知られている。

しかし、この世に常緑のカエデがあることを知っている人はそんなにいないと思う。

僕も正直なところ知らなかった。

ところが都内某所にて、たまたま見かけることがあった。

因みにカエデとは「葉が対生」「翼というタイプの実がつく」というあたりがカエデのカエデたる所以、共通点と理解している。

葉は必ずしも掌状ではなくて、色んなカタチをしているのは知っていた。

そういう目で見ると、一番上の写真では赤と緑の翼果(実)がついているのが分かる。

2番目の写真は葉の形を見る限りおよそカエデらしくないし、ツヤツヤして硬いあたりがヤブツバキやシイなどの照葉樹のようで、カエデの薄くて華奢な葉の様子と異なる。

それもそのはずで、このカエデの仲間では唯一常緑のこのクスノハカエデは沖縄あたりに自生しているものらしい。

そう名前をクスノハカエデというが、確かに葉はクスノキのようなツヤツヤ感がある。

分かりづらいかもしれないが葉は対生になっている。

3番目の写真は幹肌を撮ったのだけど、この緑っぽくて筋の入った様子は明らかにカエデの幹肌だ。

いやー、まだまだ勉強不足だね。

「常緑のカエデがある」なんて聞いたらアホか、と一蹴していたかもしれない。

世の中広いなぁ。




2020年7月1日水曜日

都会のジャングル


とあるお宅。

かなり年季が入っている、昭和風情のお宅。

驚くはこの場所。

詳細には言わないが、とにかく都心。

周辺をビルが取り囲み、そこだけポツンと取り残されている感じ。

果たして人は住んでいるのだろうか?

敷地には放置されたかのように高木、低木が茂り、玄関上の庇の上にも草が繁茂していた。

草とはいってもよくよく見てみるとこれはハゼランだった。

赤というか濃いピンクの花が咲くのだけど、ツボミがきっちりと付いていた。

ツボミも赤くて、コンペイトウのようなツボミなのですぐに分かる。

都心のコンクリートジャングルでこんな別種ジャングルが存在する。

2020年6月28日日曜日


六本木で見かけたのがこれ。

「木の木」といってクリエーターの川村真司さんという方が考案したものらしい。

いわゆるトピアリーだね、これは。

トピアリーとはツゲやイチイなどの常緑樹を意図した形に誘引したり刈り込んだりして作り上げるもの。

僕はセンスがないのか、これを見ても素敵ねぇとはあまり思えなかった。

センスがあることが職業であるクリエーターの方が発案したのであれば、これはセンスがあるのだろう。

しかも六本木のド真ん中だから。

いわく、「木の木の前で待ち合わせね」なんて言って周辺では知れた場所になればということだが、渋谷のハチ公のようにこの周辺で人待ちの人は見かけられなかった。

難しいね。

2020年6月25日木曜日

ネギ坊主的な・・・



今まさに咲き始めたこの時期のスター植物がある。

アガパンサス。

草丈は大きいものだと150センチ以上になるだろうか。

だいたい一株で植えられることは少なくて、群生するかのようにまとまって植えられることが多いので、一斉に花が咲くとなかなか圧巻。

咲いた姿は美しいが、その前の姿もなかなか興味深い。

まさにネギ坊主のように茎が伸びて、そのまんまネギ坊主のようなツボミがつく。

そしてそれが剥けて中からさらに小さなツボミが現れる。

なんともネギっぽいのでネギ科なのかと言えば当たらずとも遠からず。

一応ムラサキクンシラン科(ヒガンバナ科:Amaryllidaceae)に分類されるが、ネギ科、ユリ科に分類されることもあるという曖昧さ。

さらに学名 Amaryllidaceae を見れば分かるけど、アマリリスの仲間ってことか。

ヒガンバナへの共通点は納得できるけど、アマリリスの大ぶりな感じとアガパンサスの華奢な感じは異質な感じがするんだけど。

まぁ理屈は抜きに、梅雨時に青い花が咲く、アジサイとの競演も悪くないね。

2020年6月23日火曜日

植物は逞しい


ポピーを見に河原に出掛けたときのこと。

ガードレールの前にあったのは三尺バーベナ、いわゆるバーベナ・ボナリエンシス。

土手ではなく、コンクリの隙間に根を張っていた。

ちょっと分かりにくい写真だけど草丈も1.8メートルくらいはある。

実は僕はこれを探していた。

土手ではなく、園芸店で。

自分が管理している花壇に欲しかったのだけど、色んな園芸店で尋ねてみたものの結局見つからなかった。

一年草としてみるようで、確かに自分の管理する花壇で昨シーズン育ったものを一縷の望みを託して短く剪定して様子をみていたのだけど、春になってもそこから芽吹くことはなかった。

こぼれダネにも期待して、雑草と間違って抜いてしまわないよう、雑草もそれと分かるまで放置しておいたがこれもダメだった。

こういうときはネットショッピングもアリだ。

以前、ネットで苗を買ったことがあるけど、きちんと梱包されて思った以上に(?)ちゃんと届いた。

ネット検索してみるとたいていは「売り切れ」で、あったと思ったら1ポット300円くらいに対して送料が800円以上したので、今シーズンは縁がなかったと諦めた。

でもこんなところに、誰かがタネを撒いたり、苗を植えたり、世話をしているわけでもないだろうに、ずいぶん元気に育っているものだ。

なんか皮肉な感じ。

2020年6月22日月曜日

遅きに失したポピーの話



川原に一面の赤いポピー、佇む一本の木、ときおり電車が通る高架・・・

どこかのネット記事で見かけて、なんか良い雰囲気だなぁと思っていたので、昨日足を伸ばしてみた。

ここはちょくちょく自転車で通るので、一発でどこのあたりか分かった。

ところが、残念なことに赤いポピーはあとかたもなくなっていた。

立看板には
ポピー刈り取りのお知らせ
コスモスの種まきの時期になったので6月10日からポピーを刈り取る
とあった。

まさにポピーをきれいに跡形もなく刈り取って整地したばかりといった感じ。

コスモスの種はもう撒いたのだろうか?

ポピーを持っていって良いってくらいだからまだ少しは咲いていただろうに。

秋の花、コスモスの種を撒くためにしては気が早すぎやしないか?

まぁしょうがない。

このあたりが一期一会というか、運というか、出会いというか、タイミングなんだろう。

思ったら吉日、即行動に移さないとこのように後悔するのだ。

来年こそは会おうぞよ、荒川土手のポピーたちよ。


2020年6月19日金曜日

ぐったりラベンダー


この前、アナベルが雨に打たれてグターっとなってしまったことを書いた。

グターっとしてしまうのはなにもアナベルだけではない。

梅雨のさなかだけあって今日はしっかり雨が降った。

とある道路脇の植え込みにあったのはラベンダー。

よこにあるのがオオムラサキツツジで、これは行政が植えたのだろう。

でもラベンダーは想像するにこの植え込みの前にある商店のおばさんあたりが勝手に植えたのではないだろうか。

なぜならラベンダーが植えられていたのはここだけで「連続性」がないこと。

さらにこういう場所の植栽案を作るときにラベンダーという選択肢は通常あまりないと思われること。

富良野のラベンダーは有名で素敵だが、ラベンダーはもともと地中海などのカラッとした場所で育つもの。

東京の夏は「蒸れ」が凄くてラベンダー向きではない。

でもうまくいくと、それなりに育つ。

うまくいくというのはいわゆる micro climate (微気候)というやつで、その場所の局地的な気候のこと。

都内という大まかな話ではなく、その場所の特異的、固有な気象条件を指す。

まぁ話題を元に戻すと、ラベンダーが雨に打たれてグターっとなっていたよ、と。

雨が上がってしばらく経って自力回復することを祈る。

2020年6月18日木曜日

フツーのアジサイも良い


最近、自分が世話をしているせいか、アジサイといえばアナベル推しなんでありました。

ただ欠点もあるとは先日書いたとおり。

カッコ良いかわりに脆弱なところがあるんだよね。

ところが、昔から馴染みのあるフツーのアジサイたちはなかなか逞しい。

雨が降った、風が吹いたといってグターっとだれたりしない。

いつも逞しく凛としているのだ。

茎も「木化」といって、緑色ではなく茶色で木のように逞しかったりする。

背の高いものでは3メートルくらいのは見たことがあるので、もうこれは立派な木であるといえる。

さらに、ものによっては花の大きさ、形(ガクの有無)、色なども多様で、写真のようにやや小ぶりの花で、色が濃い青だったりすると個人的にハートをグッと掴まれたりする。

ここは原点回帰、やっぱりフツーのアジサイの素晴らしさにも敬意を払いたい。

2020年6月17日水曜日

タチアオイが見ごろです

言われてみればハイビスカスに花が似ているでしょ

強い日差しに輝いて

草丈も2メートル近くある

梅雨の晴れ間。

気温は30度を超え、夏本番さながら。

とある通り沿いに赤、ピンクの花が元気に咲いていた。

これはタチアオイ。

ハイビスカスなどと同じアオイ科、つまり暑さに強い。

それにしてもこの通りの街路樹の植え枡にタチアオイ。

誰かが植えたのだろうか?

想像するに、最初の一株はひょっとしたら誰かが植えたのかもしれない。

それが育って、花が咲いて、タネがこぼれて増えていったのだと思うけどどうだろう。

その根拠は、その通り沿いに広がっていること、植え枡だけではなくコンクリやアスファルトの隙間からもはえていたことなど。

人為的に植える場合、コンクリやアスファルトの隙間に植えないでしょ。

ある意味、強靭で逞しく、場合によってはこの前ご紹介したミントのように厄介なのかも。

それはそれとして、申し上げたようにこれは暑さに強いので、最近の異常な夏の暑さで淘汰される植物があるなかで、間違いなく勝ち組というか居残り組になるだろう。

さらにちょっと気になったのは、花の咲き具合をみるとほぼ終盤だったこと。

僕の理解はもうちょっと暑い頃に盛りを迎えると思っていたのだけど、まだ6月で入梅したばかりでしょ。

終わるにはまだちょっと早い気がするんだけど。

本当にあれこれと異常なことが頻発して困ったものだ。

2020年6月15日月曜日

頑張れ、アナベル

茎の途中でポキッと2本折れているのが分かるだろうか?

梅雨入りし、アジサイも見ごろとなった。

僕が面倒を見ている花壇でもアナベルが良い感じで育っている。

アナベルの問題点は、頭でっかちの割りに茎が細くて弱いところ。

何もなければシュッとして凛と咲くのだが、雨が降ると花についた水滴の重みに耐えかねてグターっと倒れてしまう。

曲がって倒れるだけならまだ回復の望みがあるが、茎の途中で折れてしまうともうダメ。

すぐに枯れはしないけど、見た目が悪いので、折れた箇所から切って生け花にするしかない。

毎年アナベルを育てて思うのは「折れませんように」「曲がりませんように」とういうことで、それらの原因についても「大雨が降りませんように」などと真剣に祈ってしまうのだ。

出足順調であってもシーズン最後までシャンとしていたことなんてない。

丹精込めているだけに、グターっとなると本当に頭にくる。

倒れた茎を起こして、「頑張ってくれい」と言うしかない。

予防策として、今年は見た目度外視で、カッコ悪いけど支柱を施して支柱と支柱の間に麻紐を渡してそれなりにガッチリ守っていたはずだった。

だのに、これでしょ。

腹たつ~。

あまり「支柱を施しています!!」といのはあらかさま過ぎて、興ざめしてしまうので好きではないのだけど背に腹はかえられない。

ということで、今朝は折れた花を摘んで、これまで一本(一箇所)だった麻紐を二本(二箇所)に増やしてみた。

見た目は不自然で本当に嫌だ、不本意。

山でそだっているアジサイなんかはもちろん支柱なんかなくて逞しいのに。

誰かアナベルをグターっとさせないで育てる良い方法知りませんか?

2020年6月12日金曜日

好みの問題


これはなかなかコメントの難しい光景。

決して批判とか、ネガティブな話ではない。

まず植物の楽しみ方は人それぞれだからして、どのように楽しもうがそれは自由。

服装だって、人それぞれ好みは違うし、ギョッとするいでたちの人もいれば、素敵ねぇと思わず振り返ってしまう人もいる。

仮に僕にモヒカンで革ジャンにしろ、と言われても無理だし、自分の服装は自分で意識せずに自然にそんな風になっている。

食べ物だって、カップラーメンやポテトチップスなどいわゆるジャンクフードが好きな人もいれば、誰が買うんだという8000円のお弁当をテイクアウトする人もいる。

極端な例かもしれないけど、植物の楽しみ方もそんな個人の好み、趣味があるのかなと思う。

自分は絶対やらないけど、庭に7人の小人の人形を可愛く置く人もいるし。

この写真で分かることは、まずこの人は植物(花)が大好き。

気に入った同じ服を色違いで揃えるように、気に入った花を色違いで揃えている。

鉢はおそらく毎回買い換えるのではなく、前シーズンに植えてあった花を処分した後に、鉢を洗って用土を入替えて再利用しているのだろう。

植物の世話は基本的に大好き。
鉢には雑草が見受けられないし、それぞれ苗のコンディションはすこぶる良い。

水遣りのホースもなかなかオシャレ。

手前から奥にいくに従って、高さの異なるコンクリートブロックを積んで、日当たりや見栄えの工夫をしている。

たまたま歩いていて足を止めて、わざわざカメラを向けたくなるエッジのきいた鉢植えだった。

2020年6月11日木曜日

順調


ロベリア

インパチェンス

順調、順調

花を植えてみた。

それほど凝ってみる必要もなく、でも花があると良いじゃない、というシチュエーション。

これまではサフィニアばかりを植えていたのだけど、今回は趣向をかえてインパチェンスとロベリアを一鉢づつ。

青のロベリア2株、白のロベリア1株。

2対2にしなかったのはなんだかバランスが悪いような気もしなくもないけど、シンメトリーでないほうが面白いかもというのと、ロベリアが今後成長していった姿を想像するにこの鉢のサイズに4株はキツすぎるとの判断からだ。

インパチェンスはこれまでも試したことがあったけど、今回再チャレンジ。

インパチェンスは半日陰というか、日照のやや乏しい場所でも元気に花を咲かせてくれる頼もしいやつ。

これも一鉢に3株、同色で入れてみた。

そして植えたのが5月末頃で、わずか10日少々でご覧のとおり良いカンジに育ってきている。

あと2週間もしたらこぼれんばかりに咲いているんじゃないかな。

日々の成長が楽しみ。

2020年6月10日水曜日

敵か、見方か


葉っぱの上にちょこんとあるのは何だ?

これはテントウムシの「さなぎ」だ。

園芸をやるうえで欠かせない話題が益虫と害虫の話。

テントウムシはアブラムシを食って食いまくる益虫の代表として知られる。

幼虫の段階でもアブラムシを捕食するし、成虫の段階でももちろんアブラムシを捕食する。

有難い益虫ではあるけど、テントウムシと言っても色んな種類がある。

テントウムシは肉食と草食に分けられ、アブラムシを食うテントウムシはもちろん肉食で益虫といえる。

一方、草食のテントウムシは植物を食害するので、これは害虫になるのだ。

誰もが知るナナホシテントウムシは益虫。

それ以外は慎重に見極めねばならない。

2020年6月9日火曜日

こぼれんばかりのナスタチウム



とあるお宅の花壇が凄かった。

遠目にも目立つオレンジ色の花がまさにこぼれんばかりに咲いていた。

これはナスタチウム、別名キンレンカ。

それにしてもよくぞここまで大きく育ったものだ。

ナスタチウムは一年草なので、毎年リセットされて、タネから育ち、年内にその命を終えるのだ。

宿根草と異なり年々株が大きくなっていくなんてことはない。

そんな一年草のナスタチウムがここまで大きくなるとはいかに?

もちろん一株ではないだろう。

恐らく昨年のナスタチウムのこぼれダネが春先から育っていってこんな風になったんだと思われる。

独特の匂いがあって、好みの分かれるところだけど、ナスタチウムは葉も花も食べられるいわゆるエディブルフラワーなのだ。

食べたこともあるけど、コショウのようなピリッとした辛さがある不思議な味。

これだけをムシャムシャとサラダのように食べようとは思わない。

何かのアクセント程度ならって感じ。

植木鉢ではここまで豪快に育たないので、地植えする醍醐味とはこんなところにあるんだろうなぁ。


2020年6月8日月曜日

壮大な無駄




春先にモリモリ咲いていたモクレンはとっくに散ってしまって、今は葉っぱが青々と茂っている。

そんなモクレンの足元を見ると何かがたくさん落ちている。

これはモクレンの実。

普通は花が咲いて、雄しべの花粉が雌しべに渡って(受粉)、受精し、実がなる(結実)。

そして実の中にはタネ(種子)があって、それが次の世代となるというのが一般的なシナリオだ。

しかし落ちているモクレンの実は未熟な段階で、次世代に繋がるタネは完成していない。

それなのにこんなに落ちてしまっているのでは意味がないではないか。

よくよく目を凝らせば落ちずにまだ木にしがみついている実はある。

それらは順調にいけば秋ごろに熟してタネとしての体をなす。

それよりも前にこんなに大量に落ちてしまうなんて。

なんでなんだろう?

とんでもない無駄じゃない?

植物もバカではないので、理由もなくこんな無駄なことはしないはず。

となるとどんな理由があるのだろうか?

知りたい。

答えが分からないので自分なりに考えてみると、タネを実らせるには植物はとんでもないエネルギーを消費するので、なった実すべてタネをつけるとモクレンの木本体がもたない。

なので、彼らなりに「選抜」を行って優秀な子孫を残してくれそうな潜在能力を持った実を残し、イマイチな実を落としているのではなかろうか?

分からないけど、以上勝手な想像です。

皆さんはどう思います?

2020年6月7日日曜日


日曜日なのでちょっと脱線してしまおう

東京に暮らす者として身近な川は多摩川、隅田川、江戸川、荒川などが代表的。

川は海と違う心地よさがある。

河川敷で草野球に興じる人たち、ランニングする人たち、犬と散歩する人たち、寝転がる人たち、どこかのんびりして良いんだなぁ。

そしてその風景。

背丈ほどに伸びた草たち、町工場、高速道路、夕焼けに切り絵のように浮かぶ富士山、どれも川ならではの風景。

さらに風。

川面を渡る風はどこか爽やかで気持ちが良い。

そんなこともあって川は好きだなぁ。

ロンドンに流れるのはもちろんテムズ川。

東京の川と異なり、ものすごく蛇行している。

以前、このテムズ川沿いに住んでいたことがあった。

早朝からボート(漕艇)の練習の声が聞こえてなんともイギリスらしかった。

川沿いのパブで外にあつらえられたベンチに座って飲むビールは格別だった。

今、このコロナの一件があって、今後はこれまでのように自由に異なる国々を往来することが難しくなるのではないかと思っている。

そうするとテムズ川沿いを歩いたり、ビール飲んだりなんてことも叶わなくなるのかな、なんて考えていたら、無性に悲しくなってきてしまった。

早くコロナ騒動が鎮静化し、これまでの日常を取り戻せますように。

そんな願を掛けるべく近所の神社にいっても手水鉢の水は止められ、柄杓もなく、参拝するとき鳴らす鈴の鈴緒も撤去されてしまっている。

頼む、早く日常に戻ってくれい。

それまでの間は多摩川あたりを散歩しようではないか。

ごめんね、支離滅裂で。