2009年1月17日土曜日

消えゆく庭
   

   
東京と一言でいっても、ゴミゴミとした都会のど真ん中を離れると、畑があったり、昔ながらのお屋敷があったり、案外ノンビリとしたところがあるものだ。
   
この前、大田区のとある場所を散策していたらば、通りの一角の大きな敷地がちょっと異彩を放っていた。
   
敷地はザッと200坪くらいだろうか。
古びた家屋があって、庭であったろう場所はすでに整地されていた。
   
家の外周に生えている木々はご覧のように枝がはらわれて、ライオンの尻尾のようになっていた。
   
もはやこの木々を生かしてどうにかしようという意図はうかがえず、伐採を待つばかりの哀れな木々であった。
例えるなら死刑の執行を待つ絶望の淵にある囚人のようでもあった。
   
それぞれの樹は高さが10メートルほどはあって立派なものである。
   
実は今日、さる造園会社の社長とお話する機会があったのだけど、「最近は代々続いた大きな庭がどんどん失われてきている」と嘆いていらっしゃった。
   
何故か?
   
それは相続の問題である。
代々引き継がれてきた大きな庭は代が変わると、最近は相続税の負担が大きすぎて、その敷地を切り売りせねば相続税が払えないような状況になった。
   
結果として都内の個人邸ベースであった素晴らしい庭がどんどん失われてきているのだ。
   
今日の写真の御宅にしても、庭木は立派だし、石組みも素晴らしい。
これが行き場を失って、結果コインパーキングなんかになってしまうのは何とも寂しい現実である。
   
もっとその価値を認めて、それを守っていきたいものである。