2020年5月24日日曜日

王道


プランターで何を育てるか?

王道中の王道はこのゼラニウムではなかろうか。

ビビッドな赤、ピンクなど目を引く独特の存在感がある。

個人的にはスイスの山小屋のベランダの手すりにズラーッと飾られたゼラニウムのイメージが強い。

ところでゼラニウム、ゼラニウムとは言うが、実際はこれはペラルゴニウム(Pelargonium)ね。




2020年5月23日土曜日

素敵な扉



とあるお宅の駐車場。

結構古いお宅で金属板を張った引き戸になっている。

その引き戸に真ん中に白黒のデザインが施されている。

良く見ると何かの植物をモチーフにしているようだ。

全部で3種類。

左からイチョウ、バラの実(ローズヒップ)、ケシの実だと思う。

切り絵のようで、銀の金属扉、黒い背景、白く抜かれた植物。

なんだか素敵じゃない~?

2020年5月22日金曜日

覚悟の芝地



芝生というのは維持するのは結構大変。

だまっていて青々としているわけではない。

水遣り、芝刈り、除草、施肥、エアレーションなどなど。

ゴルフ場のグリーンにはグリーンキーパーという専門職の存在があって維持されることからも、その難しさ、手間の多さが分かるだろう。

今回張った芝はおよそ2ヶ月経って確かに青々としていた。

しかし、同時に雑草もスクスク育っていたのだ。

その雑草を手でひとつづつ丁寧に、できるだけ根こそぎ取り除く。

これだけの面積でこれだけの雑草がはびこると、かなりの時間と手間を要す。

作業後にはある程度の達成感はあるけど、とにかく芝張りをして芝地がスタートしたら、あとはとことん手間をかけて維持していくしかないのである。

2020年5月21日木曜日

芝張り

山と積まれた芝をひたすら張っていく

なんとか張り終えた3月後半

そして5月 芝は青々と

3月後半、とある場所で芝を張った。

丸一日掛かりで、なんとか張り終えた。

張り終えた後はもちろん立入りを禁じ、養生、芝の定着を願った。

それから約2ヶ月後。

ご覧下さい。

芝が青々と元気に育っている。

最近は夏かと思われるくらい気温が高く日照も豊富な日が続いていたし、一方、ほどほどの降水もあった。

ある意味、芝の生育にとっては理想的な条件だったと思う。

コロナ騒ぎで地に足がつかない感じの日が続いているけど、植物はご覧のとおり着々と前へ前へと進んで行っているのだなぁ。

2020年5月20日水曜日

四角に掘るべし


昨日「日本における通常の・・・」という書き方には伏線があったのだ。

木を植えるために穴(植え枡)を掘る。

そういうとき普通は丸く穴を掘るのが普通だろう。

しかし最新のセオリーでは植え枡は四角く掘るべし、ということが言われはじめている。

かのキューガーデンの樹木担当部署の最高責任者をしてそう言わしめているのだから間違いないだろう。

なんでか?

植えようとする苗木は植木鉢(ポット)に植えられていたり、巻き根という形で現場に運ばれる。

いずれも狭い限られたところで根が伸びた状態なので、根がコイル状にクルクル巻いている。

これは木にとってあまり良い事ではない。

木の根は木を支えるために外へ向かって伸びるものだから、その場でコイル状に外に伸びることなくクルクルと巻いていたのではその本来の機能を全うすることが出来ない。

コイル状にクルクル巻いた根を持った木を丸い植え枡に植えたらどうなるか?

根は掘った丸い穴の壁にまで達したときに、その湾曲した壁に沿って伸びていく。

言うなら丸みをもった壁にいなされてクルクル巻いたまま伸びていくということ。

つまりクルクル地獄からは抜け出せないことになる。

ここで四角い植え枡を掘ったらどうなるか?

植え枡の壁は垂直になっているので、そこにぶち当たった根はいなされることなく、壁をぶち破って外にに向かって伸びるようになる。

よって健全な根の成長のためには、植え枡は四角に掘るべしというのが最新のセオリーであると言われているのである。

言葉で説明するのは結構難しいなぁ。

写真を見て、理解の助けとしてみてください。

2020年5月19日火曜日

水鉢ってなあに?



昨日はある意味、特異な例をご紹介したが、日本における通常の植え方とはこんな感じだと思う。

植えられる木の根はいわゆる「根巻き」されていて、その根鉢が入るだけの直径、深さをもった穴を掘る。

そこに必要があれば堆肥や肥料を施し、木を据えて少しづつ土を戻し埋めていく。

堀った穴の周囲に「土手」を作って、その内側に水を流し入れる。

これでもか、これでもか、と水を入れていく。

このとき思った以上に水が入るのでビックリするかもしれない。

正確には水が染み入るといったところか。

ズブズブと音をたてて水が吸い込まれていく。

これをする理由は、根の周辺に隙間(空洞)を作らないようにするため。

土をそのまま被せただけでは、根の周りに隙間が出来てしまう。

根の活着を良くするためには隙間はあってはいけない。

そこに水をたっぷり流し入れてやれば、根の周りにも細かい土(泥)が入り込んで隙間がなくなる。

これがいわゆる「水鉢」というやりかた。

水が行き渡って、土もある程度戻したら、水が引くまでしばらく放っておく。

水が引いたら、土手を崩して根のまわりを平坦にならしていく。

それで一応出来上がり。

必要に応じて支柱を施すが、昨日言ったようにこれはあくまでも仮の措置。

根付いたらなるべく早くに支柱はとりのぞくべし。

この現場は腕の良い業者が手掛けたようで、木も幸せそうだった。

2020年5月18日月曜日

ひでぇ話



枯れた木があった。

ハナミズキかなにかだと思うけど、問題はそこではない。

株元をみると青いものが見える。

これは太い金属ワイヤーを青いビニールでコーティングしてあるものだ。

太い金属ワイヤーをさらに別の金属の固定具を使ってガッチリと固定してあり、木の組織がそのワイヤーをくわえ込むようになっているのが分かるだろうか?

この巻き込んだところは水分や養分のやり取りが出来ないだろうし、異物を巻き込んだことで外科的にも傷ができてそこから腐ってしまっていると思われる。

枯れるべくして枯れたのだ。

誰がこんなことを?といってもこれを植えた人に決まっている。

素人が木を植えると思えないし、こんな道具も技術もないので、業者の人が植えたとしか思えない。

これをする意図は、支柱を施すように植えた木が倒れないように支えるためだろう。

確かに植えた直後は根付いていないので、それまでの間支える何かは必要だろう。

でもひとたび根付けばあとは百害あって一利なしなのだ。

人間もいっしょだけど、過保護で良いことはなにもない。

木は風などで揺られることで強さを獲得していく。

ずっと支えがあったら、ずっと自立できない。

今回の場合、自立させないばかりでなく、首を絞めて殺してしまったのだから笑えない。

色んな人が色んな考え方、価値観、予算などで色んな方法で木を植えるだろう。

この青いワイヤー作戦も全否定はしない。

でもある程度期間をおいたらそれを取り除いてあげなきゃダメだ。

忘れちゃったのか、それともこうなることを知らないのか。

枯れたらそれを植え替えなければならないだろうから、御施主さんにとって時間的にも金銭的にもロスである。

実は散歩をしているとこういう心無い例にちょくちょく遭遇する。

そんなとき胸に去来するのは、むなしさ、悲しさ、やるせなさ、怒り、など。

木も生きているんだよ!と声を大にして言いたい。

2020年5月17日日曜日

サルビア・ネモローサ


アナベルの花壇は他にも色々花盛り。

この前ご紹介した黄色のオステオスペルマムもそうだし、小さくたくさん咲いているのはエリゲロン。

最初の頃は苗で2~3株植えただけだったけど、こぼれ種でここまでビッシリ増えた。

そして手前にある紫色のシュッとしたやつは、サルビアのネモローサ。

冬の間は地上部はほとんど枯れて全く目立たなかったけど、暖かくなったとたんにスルスルと草丈が伸びて良い意味で主張の強い存在感を放っている。

冬は本当にその存在が疑われるくらい大人しかったので、大丈夫か?と心配になるくらいだったけど春が来てこうやって花を咲かせると心配無用だと分かる。

大したものだ。

茎が強くて概ね自立して頑張ってくれるのだけど、毎年梅雨の雨に打たれて倒れてしまう。

なんとか最後までシュッと姿勢正しくいてほしいものだ。

2020年5月16日土曜日

アナベルのつぼみ


今年は季節の進みが早いように思う。

暖冬だったし、サクラも異常に早く咲いた。

他の植物たちもいつもよりも早く花を咲かせている気がするのだけど、どうだろう。

例えばこのアジサイ・アナベル。

もうツボミがしっかりと付いていて、見た感じだとあと2週間くらいで花が咲くと思う。

2週間だと6月か。

それほど早くもないか、普通か。

でも身体に染み付いた季節感がどこか違和感を感じて「いつもより早いぞ」と言っている気がする。

1年が早いなぁ。

2020年5月15日金曜日

捨てずによかった


すっかり暖かくなって春本番だなぁ。

花壇の花もかなり賑わってきた。

世間では憂鬱な話題が席巻しているが、やはり花は和むよね。

世話をしている花壇では黄色いオステオスペルマムが元気に咲いている。

実はこれは昨年某所にて行った園芸イベントで「良い苗の見分け方」という話題を取り上げた際、「好ましくない苗」の例として買ったもの。

当時は売れ残って間延びした状態だったので、好ましくない例として50円だったか100円だったかで買ったのだった。

イベント終了後、捨ててしまおうかと思ったのだけど、なんとなく可愛そうだったので花壇の空いたスペースにちょこんと植えてみたのだ。

たった1ポットですよ。

それが一冬越して、株にも生気がみなぎって一回り、いや二回りくらい大きくなってご覧のようにたくさんの花を咲かせている。

こういうのは嬉しいよ、ホント。

「ごめんね、捨てようとしたこと」と謝りたくなる。

白系の花が多い花壇のなかでこの黄色が良いアクセントになってんだな、これが。

2020年5月14日木曜日

カエデの赤ちゃん




タネをまいて最初に出てくる葉を子葉という。

それが一枚のものを単子葉、二枚のものを双子葉という。

朝顔は双葉が出るので双子葉植物。

厄介なのは双葉と本葉の様子がまったく異なることかもしれない。

子葉には発芽に必要な栄養分を蓄えてあって、最初の一発をかます役割を持っているので、その目的に特化している。

その植物の植物たる特徴を現すのは本葉から。

例えばこの可愛いやつはカエデだ。

最初の二枚(双葉)は緑色の細長いものでカエデの片鱗もみられない。

ところがその後に出ている葉は、掌状に切れ込みが入っていてカエデっぽさがプンプン漂っている。

例えるならまだ赤ちゃんの手で、もうちょっと大きくなって大人の手になれば、もっとカエデらしくなるだろう。

今は芽生えの季節。

冬の間タネの姿で越冬したやつらが、待ってましたとばかりあちこちで発芽している。

これなんだろう?と立ち止まってベビー植物を観察してみるのも面白い。

2020年5月13日水曜日

正体見たり


文一総合出版のハンドブックシリーズは本当にお勧め

樹木(木本)ならまだしも、草(草本)を葉っぱだけで見分けるのはかなり至難の業。

あれかな、これかな、と思いを巡らせたけど決定打には至らず。

ネットで調べる方法を書いたけど、これでダメなら次に頼るのは図鑑の類だろう。

特に文一総合出版というところから出ている各種ハンドブックは本当に心強い。

普通、双葉が出てそのあとに本葉が出ることは朝顔を育てたことがあれば分かるだろう。

その双葉を見て何かを言い当てることができればそれはかなりの上級者、もしくは変態だ。

この文一総合出版から出ている「身近な雑草の芽生えハンドブック」はこのあたりが丁寧に網羅されている。

ただ残念なことに僕はこのハンドブックを所有していないのだった。

本屋で立ち読みして、すごくそそられたけど、そっとそのまま棚へ戻してしまったのだ。

こういう面白そうな本を片っ端から手に入れると、家のなかで納める場所がなくなって収拾がつかなくなってしまう。

因みに文一総合出版のハンドブックで持っているのは「冬芽ハンドブック」「身近な草木の実とタネハンドブック」「カエデ識別ハンドブック」の3冊。

どれも本当に楽しいし、ためになるし、役に立つ。

さて行き詰ったある日、現場を見てみたら黄色い花が咲いていた。

やった!とうとう奴さん尻尾を出した!

花という大ヒントがあれば、正解に大きく近づくことができる。

そしてキク科であることが一目瞭然だったので、あとは一気呵成に「オオジシバリ」という正解にたどり着くことができた。

それにしても葉の状態でキク科であるという発想をこれっぽっちも持てなかった自分が情けない。

分かってしまえば、なんだーってことだけど、改めてまだまだ精進が必要だなぁ。

オオジシバリは漢字では「大地縛り」となり、確かに白い地下茎が地面を縛り付けるようにめぐらされる様子は言い得て妙である。

勉強になったなぁ。

2020年5月12日火曜日

誰なんだ、お前は


白いもやしのような地下茎

砂利のひいてある場所に草がはえている。

実はここはお墓なのだけど、わけあってここをキレイにしようとしていた。

ご覧のような草の葉がパラパラながらも満遍なくはえている。

除草の基本は、根こそぎ。

できるだけ根から取り除くことで、根本解決に繋がる。

上の葉っぱだけ取っても、根が残っているとまたそこから再生して同じことの繰り返し。

なので、砂利をかけ分けながら出来るだけ根から取り除こうとした。

掘りあげてみると、白いもやしのような根が横へ横へと張っていて、途中でプツンと切れてしまう。

横へ、横へというのは、これはいわゆる地下茎で、地中でその勢力を拡大していくものだ。

途中でプツンと切れてしまうと、根こそぎというわけにはいかず、切れて残った根(地下茎)からまた再生してしまう。

困った。

こういうときは、敵が何者なのかをちゃんと知ってから対応を考えるのが良い。

しかし困ったのは、これが何なのかが分からなかったのだ。

だって葉っぱと白いもやしのような地下茎だけでしょ。

あまりにヒントが少ない。

先日言ったようにキーワードを入力して画像検索しょうが、適切なものにたどり着けない。

誰なんだ、お前は・・・

(つづく)

2020年5月11日月曜日

クンクン嗅いでみよう


今朝、新聞を取りに郵便受けまで出たときのこと。

ポワ~ンと独特の香りが鼻腔を突いた。

これはシイの花の香りだ。

シイといっても、マテバシイ、ツブラジイ、スダジイなど種類があるが、広義のシイってことで。

いずれもブナ科でドングリのなる木、すなわち風媒花だ。

好みの分かれるところだけど、なんとも個性的で強い香りがする。

クリの花のような。

小学生の頃、遅刻しそうになってトーストをかじりながら、靴をつっかけたまま家を飛び出したときに匂った香りだ。

春のジンチョウゲやジャスミン、秋のキンモクセイなど、季節を切り取る植物の香りってあるなぁ。

苦手な人もいると思うけど、シイの花の香りはGW過ぎの気温が上がってきたときの香りだ。

(適当な写真がなかったので、この前撮った皇居近辺の春っぽい写真を)

2020年5月10日日曜日

結びのテクニック


これも散歩で見つけた。

街路樹の根本の小さな植え枡になにやら葉っぱがあったが様子がちょっと変。

何が変かというと葉っぱが誰かによって結ばれていたのだ。

実はこれはわりと昔からある園芸テクニック。

スイセンなどでよく行われている。

早春に花が咲く。

花が終わると緑色の細長い葉っぱはたいして面白くもないし、次第に色あせて見苦しくなる。

当初はスッと立っていた葉っぱも次第にグターっと広がってしまう。

グターっと広がらないように結んであるんだと思う。

何で切ってしまわないのか?

花は確かに終わったが、葉っぱはしきりに光合成して栄養分を地中にある球根に送っている。

来年また花を咲かすためには栄養が必要なのだ。

そんな作業を葉っぱはやらなくてはならない。

花が終わったからといってサッサと葉を切ってしまうと来年花つきが悪くなったり、咲かなくなったりする。

でも、見た目だらしなくはしたくない、と言う場合にこのように葉を縛ってしまうのだと思う。

然る時期、すなわち葉っぱが黄色く枯れてきたら役割を終えたと見なして切るのだろう。

でもねぇ、こうやって縛ってしまったら葉っぱの表面で太陽光を浴びて光合成する効率が結構下がると思うのだけど。

ベストな選択肢とは言えないが、切るよりは良いということかな。

2020年5月9日土曜日

ギシギシ



散歩をしていて名前の分からない植物に出会うことが多々ある。

花咲ジジイとて、植物学者ではないし、万能ではないのだ。

なんだろうなぁ、と気になりつつ通過してしまうことも日常。

まぁそういう「ユルさ」も大切だと思うけど、気になるのもまた事実。

名前の分からない植物に出会ったらどうするか?

僕はできるだけその植物の特徴を見つけるようにしている。

例えば、草丈が高い、春に咲く、花が地味、花びらが4枚、花の色、形、大きさなどなど。

それらを家に戻ってネットで「画像検索」してみて、近いものを探しながら、これまで蓄積してきた自分の知識と照らしながら絞り込んでいく。

今回のギシギシは結構難儀した。

散歩などで良く見かけるものの、正直なんという名なのか知らなかった。

で、「春に咲く」「地味な花」「草丈が高い」などのキーワードを入れて検索してみたのだけど、これといったものがヒットしなかった。

諦めずに、あれやこれやと探していたら、どうやらギシギシというタデ科の植物らしいことが分かった。

タデ科と言われると納得の姿だけど、すぐにそこに行きつけなった。

植物は分類上、科→属→種→品種と段階的にグループ分けされているので、まずは大きなグループ単位である「科」のそれぞれの特徴を抑えていくと答えにたどり着きやすい。

そして身近な植物にはそんなにひねくれた科は少なくて、概ね知れた科に落ち着くので、落ち着いて観察するとその特徴を見抜けるようになると思う。

なーんてエラそうに、ギシギシも知らなかったくせに。

いいの、いいの、少しづつ知識が増えていけば。

2020年5月8日金曜日

消毒


とある場所の剪定をした。

焦らずじっくりと取り組める仕事だったので、いつもよりも張り切って作業にいそしんだ。

夢中になってハサミを使って、気付いたらマメがつぶれて皮がむけていた。

夢中だったからか、特に痛みも感じなかった。

帰宅途中にスーパーに食材を買いに立ち寄った。

入り口には消毒のためのアルコール・ポンプが置いてあったので、ここぞとばかりシューっと手に吹き付けた。

すると手の皮のむけた箇所がモーレツにしみて、目の玉が飛び出しそうになった。

思わず「ヒーッ!!」と声が出そうになったよ。

ポンプ容器に入っていたのは、間違いなくアルコールを含んだ消毒液だった。

植木作業をしていると、泥や樹脂のついた汚い手が普通なのだけど、「手を洗おう」という今のご時勢とのギャップはいかんともしがたい。

2020年5月7日木曜日

マルチ Mulch


昨日ご紹介した花壇。

水切れの件は本当に気の毒、残念。

それはそれとして、「ありし日」の花壇を見て気付いた。

株と株の間に落葉がギッシリ。

これは人為的になされたものではなく、たまたま近くにあったクスノキの落葉が溜まっただけのことだと思う。

この落葉が天然の「マルチ」として良い働きをしていたのだと思うのだ。

マルチとは「覆う」という意味だけど、園芸的には地表を覆って地表の水分の蒸発を防ぎ、急激な温度の上昇、あるいは下降を防ぎ根元の温度・湿度を一定に保つ役割を果たす。

良いこと尽くめで、是非皆さんの花壇でも試していただきたいくらい。

素材はなんでも良い。

写真のように落葉でもいいし、腐葉土、堆肥、新聞紙、砂利、バークチップなどなど。

そういう意味では図らずとも天然のマルチができてて良かったはずなのだけど、それを上回る気温の上昇と水分の蒸発だったのだろう。

2020年5月6日水曜日

恵みの雨とならんことを

4月上旬 植えられた直後

元気でみずみずしいキンギョソウ

5月上旬 花も萎れ、地面はカッサカサ

自粛メイン、異例のゴールデンウィークもいったん今日まで。

人によっては今週一杯お休みという人もいるかもしれないけど。

明日から連休明け、仕事です、と言われてもなんともピンとこない不思議な感じ。

さて今日はちょっと悲しい話題。

一番上の写真は4月上旬の様子。

それまで植えられていたパンジーからキンギョソウへ植え替えが行われキレイになっていた。

この植栽がイケてるとか、そうでないとか、そのあたりは今回は問わない。

こういう植栽パターンは古くから確かに存在する。

間違いなく言えるのは、区なりが予算をとって、業者に発注し、人の手で一株一株丹精に植えられたということ。

お金と人手がかかっているのだ。

そして苗は生きている。

ここを通りかかる人が、オッと気付いて和めば良いし、花壇を踏んだりして不要な道路の横断を防ぐことも目的のひとつなのかもしれない。

いずれにしても花があるのと、ないのとではどちらが良いか、それは言うまでもない。

問題はここから。

GW中に同じ場所を通りかかった。

皆さま記憶にあるように、GWを含めてここのところ晴天が続き、気温も高かった。

花壇で色鮮やかだったキンギョソウが茶色く萎れていたのだった。

明らかな水切れだ。

土はカッサカサ。

かわいそうに、水をやりたいがなんともならない。

区役所に電話してやろうかとも思ったけど、GW中でお休みだろうし、コロナ騒ぎでてんてこまいなのに「花壇に水をやったほうがいい」なんて言っても、厄介なクレーマーのようで気が引けた。

今日は天気が崩れ、都内もまとまった雨が降った。

これが恵みの雨となって、どうにかこのキンギョソウが元気になればいいけど。

せっかくお金と人手をかけて植えたのだから、アフターケアというか、メンテナンスまでトータルで考えるのが責任というもののように思うなぁ。

枯れた植物は人の心をすさませてしまう。

2020年5月5日火曜日

踏み切りで立ち止まってみたら



遮断機が下りて、電車が通り過ぎるまでの間。

場所によっては「開かずの踏み切り」なんてのがあって、上下線ひっきりなしに電車がやってきて、かなりの長時間その場に留まらなくてはならないときもある。

皆イライラしがち。

そんなときに、キョロキョロしてみたらどうだろう。

何かしらの植物が、熱い視線を送ってきているかもしれない。

線路脇にわざわざ花壇をつくって花を植えているわけはないので、こういう場所に咲いているのは「野草」「雑草」ということになる。

これがなんとも素朴で良いんだなぁ。

ここで紫色に咲いていたのはムラサキハナナ。

他にもショカツサイ、オオアラセイトウ、ハナダイコンなどという呼び名もあるけど、皆同じこと。

見ごろは過ぎて、もう終わりに近いけど、まだどうにか見ることができる。

遠目に紫色のカーペットを楽しむのもよし、近くで見てアブラナ科だから花びらが4枚と納得するもよし。

できれば花が終わった後、どんな実がなるのか、なんて見方もしながら季節を追いかけると楽しいよ。

2020年5月4日月曜日

もっとキョロキョロしよう



散歩をする。

地面に落ちているモジャモジャ。

ハハーン、これはイチョウの雄花だな、というのは早合点。

昨日の花咲ブログにも書いてあったし。

いや、いや、これはコナラの雄花。

いわゆるドングリのなる木の雄花は総じてこんな感じ。

因みにドングリとはブナ科の樹木になる実のことをいう。

雄花といっても、可愛い感じもしなければ、色も地味で、香りもせず、蜜もださない。

これは風媒花といって、花粉を雄しべから雌しべに渡すのに虫ではなく風に頼っているから。

なのでチューリップのような、誰が見ても「花」というのとはだいぶイメージが異なる。

イチョウもコナラも風媒花ということ。

風媒花は他にもたくさんある。

代表的なのはスギ、ヒノキ。

花粉症で辛い人たちにはにっくき敵ではあるけど、風に乗って花粉が漂うのでそういうことになる。

他にもハンノキ、シデなど風媒花はたくさんある。

受粉という役割を終えると、こうやって地面に落ちてくる様子は、どこか切ない。

蜘蛛も交尾を終えたオスをメスが食べてしまったり、他の動物も交尾を終えた後に息絶えてしまったり。

世の摂理としてオスは役割を終えたら潔くその命を終えるということを散歩しながら学ぶここともできるなぁ。

2020年5月3日日曜日

キョロキョロしよう



散歩は許されるのだろうか。

何事にも不寛容なご時勢。

ストレスのレベルが上がれば上がるほど、他人に対して不寛容になる気がする。

家にとじこもっているだけというのも辛いので、散歩くらいは許してほしいものだ。

で、折角外に出たのなら、その機会(チャンス)を最大限に活用したい。

漫然と歩くのではなく、上を見たり、下を見たり、横を見たり、深呼吸のついでに香りを嗅いだり。

五感がどんどん研ぎ澄まされていくのが分かる気がする。

足元を見れば、何かが落ちている。

普段であればそのまま通り過ぎるかもしれない。

でも、こんな時だからこそ、「何、これ?」と思う気持ちが大切。

因みに地面に落ちていた黄色のモジャモジャはイチョウの雄花の花がら。

花粉を飛ばしまくって、おそらく樹上で受精し、ギンナンの仕込みが終わったのだろう。

役割を終えたイチョウの雄花はご覧のようにおびただしい数、地面に落ちている。

イチョウの雄花以外にも色んなものが落ちている。

是非キョロキョロしてみて。

今のご時勢、誰かも揶揄されないから大丈夫。

2020年5月2日土曜日

立ち止まってみよう




閑散としたオフィス街。

ここはラグビーワールドカップ日本代表がパレードをした通り。

あの熱気は本当にここで生まれたものだろうか、というほど静まり返っている。

しばらくベンチに腰掛けてみた。

春の爽やかな風が心地良い。

はぁ、と息を吐いて上を見た。

何気なく見た葉っぱの形を見てハッとなる。

キレイなハート形、これは「シナノキ」だ。

なんですぐに分かるかといえば、イギリスではそこらじゅうで見かける街路樹セイヨウボウダイジュによって頭に刷り込まれたからだ。

セイヨウボダイジュとシナノキは厳密には異なるけど、とっても近い仲間。

学名の属名はともに Tilia だから同属だ。

僕はてっきりこの通りに植えられているのはケヤキだと思っていた。

確かにケヤキも植えられてるのだけど、こうやってシナノキも結構植えられていた。

知らなかったなぁ、気付かなかったなぁ。

こうやって立ち止まって、ベンチに座って見上げて見なければ気付かなかった。

外出自粛、ステイホーム、いろいろと制約も多くてストレスに感じないでもないけど、立ち止まってゆっくりとあれこれ考える良い機会なのかなとも思う。

立ち止まってゆっくり考えると、こうやって身近なのに気付かなかったものが見えたりするかも。

2020年5月1日金曜日

それでも花は咲く 元気を出そうぜ

3月 サクラが咲き始めたころ それでも花は咲く

5月。

風薫る5月、のはずだった。

新年のブログを書いて、そのあとアップしたのは1回だけ。

年始に結構仕事が入っていて忙しかったこと、恒例の確定申告であたふたしていたこと、そしてこのコロナ騒ぎ。

ついついブログに向かうことができず、ずるずると今日になってしまった。

いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。

園芸関連のイベント仕事はすべてキャンセルになり、いまだ再開の目処も立たないけど。

毎年5月頃に訪れていた英国行きももちろんキャンセル。

6月には英国湖水地方を訪れるツアーも企画していたけど、これもキャンセル。

仕事はおおかた吹っ飛んだ。

まぁ、立ち止まってあれこれ考える良い機会なのかなと思うようにしている。

まずは健康でいること。

世の中が元に戻ったときに100%の力を出せるようにしておきたいものだ。

書きたいことはたくさんあるけど、花咲ブログの本質は身近な植物や園芸の話題を提供することなので、そのあたりは胸にしまって。

世の中は混乱をきわめているが、花は咲き、新緑の季節となった。

季節はちゃくちゃくと進む。

窓から外の景色を見るとこんなに平和なのに。

皮肉なものである。

ちょっと元気を出して、原点に立ち返って身近な植物にも目を向けてみようと思います。

どうぞ皆さん、ご無事でお元気で。

花咲ジジイ

2020年1月14日火曜日

七変化転じてオールラウンダーとなる




この前、散歩していたら。

とあるビルの植え込みにモッサリと花が咲いていた。

これはランタナ。

七変化という名があるように、赤、ピンク、紫、黄などいろんな色がある。

手前にあったのは赤、そして奥の植え込みにあったのは薄紫。

日当たりが良いからだろうけど、真冬だってのに満開状態。

寒さに強いかといえば、弱くはないだろうけど、特に寒さに強いことを売りにしているわけではない。

むしろ耐暑性がやたらあることが売りだと思う。

昨今の猛暑でいろんな植物たちがバタバタとダメになるなか、暑さにめげずに元気な植物の代表がランタナだと思う。

それがこうやって真冬でもこんなだと、もはやオールラウンダーだね。

そしてこの大きさ。

宿根草というか、「草」というイメージだけど、ご覧下さい、枝(幹といったほうが良いか)は大人の手首くらいの太さがある。

異常気象、気候変動などで、植物の生育や分布などに大きな変化があるなか、この逞しさはちょっと怖い感じもしないでもない。

2020年1月3日金曜日

あけましておめでとうございます

元旦、荒川の日の出

大晦日、ポカポカ陽気の多摩川土手

あけましておめでとうございます。

穏やかな年末年始。

大晦日は気温20度に届くのではという晴天の中、多摩川をてくてく歩いた。

河口の六郷土手あたりから、二子玉川あたりを目指したが、思いのほか距離があって武蔵小杉のあたり、つまり多摩川駅周辺で断念し電車に乗った。

それにしても太陽の光を浴び、カラっとした風に吹かれ、本当に気持ちよかった。

そして元旦は自分の中で恒例の初日の出サイクリング。

いつも荒川の江北橋あたりから初日の出を拝んでから荒川を河口に向かってのんびり走る。

今年は雨は降っていなかったものの生憎の曇りで初日の出を拝んだのは日の出から30分ほど経ってから雲の切れ間からだった。

それにしても寒かった。

足の先から手の先まで冷えに冷えた。

平井あたりまで川を下ってから方向を都内に向けて亀戸天神前を通過して帰ってきた。

朝風呂に漬かり、贅沢な年明けとなった。

思えば去年はインフルエンザで寝込んで寝正月だったから幸先の良いスタートである。

さぁ2020年、今年も元気に楽しくやっていければと思います。

皆様にとっても素晴らしい一年でありますよう。

2019年12月31日火曜日

サヨナラ2019年

作業前

作業後、正月にスタンバイ完了


大晦日。

妙に暖かったけど、夕方から気温は急降下。

さて、今さら何かをやることはないけど、年越し前にどうしてもやっておかねばならないのは花壇の整理。

枯れ落ちたギボウシの葉はそっと取り除くだけ。

まだ枝にしがみついていたアナベルの葉はやや強引だけどむしりとった。

さらにアナベルの枝の高さを揃えるべく軽めの剪定を。

周辺の小さい緑のポツポツは雑草ではなくて、エリゲロンのこぼれダネから発芽したものと思われたので、あえて除草はしなかった。

これで正月の準備は整った。

花咲ブログをはじめたのは2008年12月。

そして2019年12月、つまり丸11年が経ったわけであります。

いつも見ていただいてる皆様本当に有難うございます。

最近ややパワー不足ではありますが、見ていただいてる方のご期待を裏切らぬよう楽しいブログを書いていければと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

皆様どうぞ良いお年を!

2019年12月30日月曜日

獅子柚子


ボロ市で見かけたのがこれ。

獅子柚子と書いてある。
別名:鬼柚子。

ソフトボール、あるいはそれ以上の大きさに加え、独特のゴツゴツした風体はなんとも個性的。

柚子(ゆず)とあるけど、どうやらブンタンの仲間らしい。

食べる目的というより、正月に玄関に飾ったりする鑑賞目的が主のようだ。

鬼、獅子と名前からしても威風堂々といったところ。

魔除け、招福といった効果があるのだろうか。

皮がやたら厚く、かつ味もそれほど良いわけではないため、鑑賞以外の需要がないので商業的に生産されてはいないらしい。

となるとどこで手に入れたら良いのだろう?

こういう場、もしくは昔ながらの農家さんの軒先でたまたま売りにでているのを見つけるしかないのかも。

知っていたら、一個買っておいたのに、残念。